「Creative Medicine~創造は薬~」のレッスンでは、 お一人お一人の世界観や、バイオグラフィー(人生の背後に流れている法則や魂の意図)にじっくりと向き合っていただいています。
そして、「MY STORY」を書いていただくことによって、その方の魂の使命を見い出すお手伝いをしています。 これまで書いていただいたMY STORYをご紹介していきたいと思います。
大野晶子さん
コアメッセージ:
回り道をしても大丈夫
自分の心の声を聞いてみて
自分の心に素直になると、少しずつ楽しいことが増えてきて、心も軽くなるよ
ママが笑顔になると、家族も笑顔になる笑顔があふれると、私も嬉しい
自分らしく、子育てを楽しんでもいいんだよ
ゆっくり、その子のペースで育ててもいいんだよ
そうすると、笑顔があふれて心がほっこりしてくるよ
ママがママらしく、子どももその子らしく
みんなが自分らしく過ごせるように
「ママたちが自分らしく笑顔で歩めるように」
私は今、保育士とアロマセラピストとしてお仕事をしています。
職業柄、沢山のお母さんたちに出会い、私自身も、母となり子育てをするなかで「お母さんってすごいなぁ」とひしひしと感じるようになりました。
そして、自分の子育てを振り返った時、「もっと、こうしとけばよかった」「なんで、あの時こうしなかったんだろう」などの反省もありながらも、「笑いあり涙ありの子育てだなあ」と感じています。
そんな自分自身の子育てを振り返りながら、いろんなママたちと一緒に「あの時はこうだった。」「メチャクチャ大変だった」など「笑ったり、時には一緒に悩んだり、考えたり。」と、「今、頑張っているママたちを応援したいな。」という気持ちになってきました。
「自分の声を聞いてみて 自分の心に素直になっていいんだよ やりたいことを見つけて、それを楽しんでいれば、もっとワクワクしてくるよ そうすれば、心も軽くなって、たくさんの笑顔があふれてくるよ 自分の道を歩んでも大丈夫」
私自身、今でもフラワーエッセンスの力を借りたり、色んな学びの中で子育ての反省をしたり、ヒントをもらったりと、自分自身の進む道を模索しながらも、歩むことができるようになりました。。
どうして私が「ママたちを応援したい」と、そう思うようになったのかについて、これからお話ししたいと思います。
出産して母になり気づいたこと
私は自然に囲まれた保育園で保育士として働いていました。30歳を過ぎ、「もう結婚しないだろうな」と思っていた頃に出会った夫とトントンとすすんで35歳で結婚。そして36歳で妊娠しました。
妊娠中、出血や胎児が成長していない期間があり、調べてみると、”プロテインS低下症”という不育症ということがわかりました。
私は独身時代、1人で自由にしていたこともあり、結婚して他人と一緒に住むことがストレスで唇が爛れたり、目が腫れたりと少しアトピー肌のようになっていました。そこにくる不育症。毎日12時間ごとに皮下注射を自分で打ち、出血と鼻血に悩まされ、とてもつらい妊娠期間でした。
そんな毎日が辛いとき、大先輩の先生から「妊娠中に辛い思いをしていたら、会えた時はお母さんを幸せにしてくれる子が産まれてくるよ。」と言われ、その言葉を信じて出産。
担当の医師からは「もう注射は打たなくていいからね」と言われて毎日の注射からの解放感と息子に出会えた喜びでとても嬉しかったのは鮮明に覚えています。
いざ息子を出産すると思っていたように子育てができず、大先輩の言葉を思い出しながら「うそや~ん」と叫ぶこともしばしばでした。
母乳もなかなか飲んでくれずミルクと混合にしてみても、哺乳瓶の乳首が嫌で飲んでくれず、夜も2・3時間で起きてくるしでなかなか寝られない。チャイルドシートに乗せれば嫌がって激しく泣き、家から10分のところに行くまでに何度も止まりあやしながらの運転。
少し大きくなると自分でチャイルドシートを上手に抜いて動く。「あのカワイイ天使ちゃんはどこに行った?」と探そうかと思ったくらいでした。
そして、保育士中にいままでのお母さん方が話していた悩みそのまま、私も悩むようになっていました。「なんで飲まない?」「なんで動き回るの」「なんで泣くばかり?」「なんで寝ないの?」など沢山の「なんで?」を感じるようになりました。
保育士というプライドと年齢でなかなか「助けて」と言えず、でも「我が子はかわいい」と思いながら(自分に言い聞かせながら)過ごした育休中でした。
結果、その経験がその後の保育士として働くうえで、とてもいい経験になり、本当にお母さん達の大変さを共有できるようになりました。それまでは、頭で理解しただけだったんだと改めて反省しました。
そして、仕事に復帰することになりましたが、復帰の年に息子は保育園に入所できず、実家の母にお願いすることにしました。実家の母は、やっとできた初孫ということと、元保育士ということで、とてもよく息子をみてくれていました。
4月になり、息子も無事に近くの保育園に入所でき、「ホッとした」と思っていると、まさかの息子がなかなか保育園に馴染めない問題が起こりました。職業柄、「預ける時は泣いていても、バイバイするとすぐ泣きやむだろう。」と思い、保育士に預けるとすぐ「行ってきます」と言って走り去っていました。
そして、息子の泣き声が道路まで聞こえる日々が2年間続きました。息子は、よく熱も出てほとんど保育園に行けず、休むばかり。1カ月に5日しか通えない月もありました。その為、息子は保育園ではなく、幼稚園にむいてる子なんだと思うようになっていきました。
それと同時に毎日がバタバタで、我が子を育てず他人の子どもを育てる自分に違和感を感じ、「保育士を辞めたい」という気持ちが大きくなってきました。そんな気持ちのまま月日がたち、母の病気が見つかり、退職することになりました。
息子の成長で感じ始めた、私と母の関係性
私は保育園を退職し、息子は幼稚園に行くようになりました。幼稚園ママになり、今までとは違って、日中に自分の時間が出来るようになりました。
そして、息子と関わる時間も増えてきました。息子は相変わらず、病院通いはしていましたが、成長と共に身体も強くなり、保育園の時よりは幼稚園に通えるようになっていきました。
その頃から息子に何か習い事を始めよう。と思い、まずは幼稚園で習える、体操教室、英語、バイオリンを習いました。私自身がピアノをずっと習ってきていたので本当はピアノが良かったのですが、椅子にずっと座ることが出来なかったのと、幼稚園の活動の中でバイオリンをしていたので、その延長でバイオリンを習わせることにしました。
息子は外遊びが大好きで、幼稚園から帰ったら、畑や川で遊ぶ男の子でした。私も幼いころ畑や田んぼ、川遊びをしていたので、自然の中での遊びをさせたい。と思い、息子とザリガニ釣りや虫捕りなどをしていきました。私の中で、自然の中で元気に遊ぶ子、そして、勉強もできる子。というのが理想の息子でした。
そこで、たまたま幼稚園ママから「英語教室の見学に行かない?厳しいけど、必ず英語ができるようになるよ。」と誘われ、行ってみました。すると、1歳しか変わらないのに、「みんなが英語を喋ってる」に驚き、息子を通わせることにしました。
そしてそれが、私と息子の親子関係に悩み始めたきっかけになったのでした。
息子の通う英語教室はとても厳しく、毎日復習が必要で、次のレッスンには必ず前回のレッスン内容が出来ていないといけない。という、今では珍しい、超スパルタの英語教室でした。息子は読み書きが苦手でほかのお友だちと同じように進まず、それを、毎日「やれば出来る」と、昭和スタイルで熱血指導をしていました。
まるで、私の幼少期に母とピアノを練習していた時のように。私は息子に対して激しく怒り、息子は泣きながら勉強をしていました。
そんな関係を続けていくうちに、私の中に、「なんでここまでしているんだろう?辞めたいけど辞められない」「これじゃあ息子と私の関係上良くない」という気持ちが芽生えてきました。
でも、「ここで辞めたら今までの苦労が水の泡」と、辞める決心もつかず息子が小学校5年生までそんな生活が続きました。(息子は今もその英語教室に通っていますが、一切私が英語に関わらなくなりました)今思えば、あの頃の私は異常なまでに息子の”英語”に対しての執着があったように思います。
毎日息子と英語の勉強をする中で、出来なかったことが出来るようになっていく姿を見ていくと、「自分のやっていることは間違ってない」と思う錯覚を感じていました。
本当は息子の個性を受け止め、息子をもっと見つめてあげたい。そして、理解したうえで関わり、声をかけ寄り添い、一緒に成長していきたい。そう思っているのに、「息子の人生は、私がしっかり関わって、勉強をさせ、良い環境で育てて個性を伸ばしていかないといけない。」と、息子の人生を私が作ったレールで走らせようとしていました。
今では、「息子の大切な成長期になんてバカなことをしたんだろう。大失敗だわ」と、大反省です。(まだまだ息子と関わるなかで、ほとんどが反省の日々が続いていますが。)
どうして私がそこまで息子にしてきたのか。それは、私の生い立ち。母との関係性にありました。
私と母の関係性
私は田舎に生まれ、父、母、弟の当時では珍しい核家族で育ちました。父は早くに両親を亡くし、畑や田んぼもしている兼業農家でした。
母は近くの保育園で保育士として働いていました。母は教育者の祖母に育てられ、それをそのまま受け継ぎ、とても教育熱心な母親でした。
私は幼い時から沢山の習い事をしました。硬筆、習字、公文、ピアノ。小学校高学年からは塾にも通いました。私は父の恩師の先生にピアノを習い始めました。
母は「ちゃんと練習していかないと教えてくれた先生に申し訳ない」と言い、私は毎日1~2時間ピアノの練習をしました。それもあって、私はピアノが上達していきました。
保育士の母は、「毎日疲れているのに、よくピアノを見てくれたなあ。」と、私も保育士になり、思いましたが、その当時の私には、そんなことは思いもしませんでした。
母は私が上手く弾けなかったり、課題がクリアできないと激しく怒り、ピアノの本が飛んだり、私が座っている椅子を蹴り、落とされることもしばしばありました。音楽好きな母は私に、”音楽の道”に進んでほしかったのでした。
小学校時代の私は、自然の中で田んぼや畑を走り回り、虫や魚を釣ったりする活発な女の子でした。どちらかといえば、女の子より男の子と遊ぶことが多かったように思います。
ピアノの練習は嫌いで、音楽の世界も肌に合わず、ただ、ピアノ関係の友だちに会うのが楽しみで続けていました。毎日毎日のピアノの練習が苦痛なのと、その当時ピアノとは別で楽典など(音楽の勉強)を習っていた先生がとても厳しく、言葉使いひとつで頬を叩かれたり、ピアノが上手く弾けないと、弾いている途中で蓋が閉まったりしていました。(ドラマの世界のようでした)私はそれが嫌で、家に入る振りをして、コッソリ逃げ出したりしていました。
母はそんな私を見て、地元の進学校に行くように勧めました。私は進学校ではなく女子高に憧れがあり、「女子高に行きたい。」とお願いし、通うことになりました。そして高校1年生の発表会を最後に、ピアノをやめることになりました。
私はピアノから離れられたことが嬉しく、毎日が楽しい高校生活を送ることができました。
楽しかった高校生活は、進路に悩み、迷走していました。都会に憧れ、行きたい女子大を母に相談すると「そこは行かせてやれん」と言い、「○○音大なら頑張っていかせるんだけどなあ」と言いました。同じ都道府県なのに「やっぱり音大・・・。」と思いました。
そして、母は「手に職をつけたほうがいい。保育士は絶対職がなくならない」という理由で幼児教育を勧めました。その頃の私は、「早く受験を終わらせたい」という気持ちと、「母の言うことを聞いていればいっか」という、半ばあきらめに近い気持ちで、母の進める短大に進み、3年次編入で音楽学部を卒業しました。
そして、保育士になりました。
それも、母の兄(私の叔父)の親友の勧めで最初の保育園に決まりました。私は母に反抗しながらも、結果、母の作ったレールを進んできていたのです。
アロマとフラワーエッセンスに出会い、気持ちが変化していく
息子が幼稚園に通い、自分の時間が出来始めた頃「何かしたい」と思い始めました。 そして、保育士の先輩が「育休中にアロマのアドバイザーを取った」というのを思い出し、アロマテラピーを習い始めました。
息子は薬が嫌いだからか、身体に合わないからかわかりませんが、薬を飲ませると吐き戻すことが続いていました。 私はレッスンが終わるごとに息子に習ったものを試していました。 息子は自分で精油を選んでクリームに入れて胸に塗ったり、イボを取ったり と、薬より精油やハーブを好んで使うようになりました。 息子のそんな姿を見て、私自身も精油に癒されると共に、どんどんアロマにはまっていきました。
そして、「身近な人に伝えたい」という気持ちになっていきました。 そんな時、ママ友から「アロマを教えてほしい」という声があったので、クリーム作りをしました。 クリーム作りをしながら色んな話をしていく中で、「子どものあるある話」で盛り上がっていました。
すると、1人のママから、「朝の準備、子どもが全然しないんだよね。忙しいから自分で出来るようになってほしいんだけど、どうしたらいい?」と相談されました。
私は保育士の経験から、「我が家では、服を着る時は好きな歌をかけて『この歌が終わるのが早いか、○○君が服を着るのが早いか、よーいドン!』って競争してるよ」と話しました。 すると、他のママからも排泄のことや、箸の持ち方、自転車の乗り方まで、色んな種類の相談がどんどん出てくるようになりました。
それに1つ1つ答えていくうちに、「ママは色んなことで悩んでるんだ」ということに気付いていきました。
例えば、
・箸への移行で悩んでいるママには、「今、どうやってスプーンを持ってる?上から握ってる?下から持ててる?」と聞いていきました。 「下から持ててたら、次は3本の指で持ててる?それが出来て、しっかり手首を使って食べれるようになったら、箸に移行してもいいタイミングだよ」 と話しました。
・「いつも肌着が前後ろ逆になるんだけど、どう教えたらいい?」と聞かれた時には、「肌着に前がわかるようにワッペンやマークで印をつけてあげるといいよ。 そして、着ている時に、『このビラビラのタグがココにくるように着るんだよ』と話しながら、タグを左の脇腹に当てて教えてあげるといいよ。 そうしていくうちに、『タグは左』って覚えるよ」などと話しました。
その時の私は、子どもたちの排泄や食事のこと、着脱などの、発達や生活面についての話は保護者の方とだけするものだと思っていたのでした。 まさか、自分の身近なママたちが子育てで悩んでいることに全く気付いてなかったのでした。
そして、ママたちは子どものことを話しているうちに、話題が家族のことや自分の話に変わっていきました。 「子どものことで手がかかるのに、パパのお世話もしないといけない」「なかなか自分のことに時間をかけれないから美容院も行けてない」「お風呂にゆっくり入りたい」など、ママたちは自分のことよりも、家族のことで頑張って、疲れ、悩んでる。
そして、「なかなか自分のことに意識を向ける暇がないんだなあ。」と、感じました。 クラフトレッスンを重ねていくうちに、ママたちは自分自身のことも話すようになっていきました。精油(香り)を使うことでリラックスできたんだと思います。
そして、少しずつ、ママ自身が自分の気持ちに気付き、自分の話もできるようになっていきました。 すると、意外にも他のママも同じ悩みや経験をしていたことがお互いにわかり、共感と笑いがおこりました。そして、笑顔も増えていきました。
会が終わると、みんなで子どもたちを迎えに行きました。 そして、そのお迎え時間もお喋りは止まらず「今日は久しぶりに子ども以外の話でめちゃ笑ったわ~。なんか、今日帰って、笑顔で子どもと関われるわ。」と言われ、とても嬉しく心がほっこりしました。
お喋りをする中で、自分自身の気持ちに気付き、そこに意識を向けることはとても大事なんだな。と、私自身も気づかされました。 と同時に、子育てをする中でも、ママ自身の気持ちに意識を向けることは大切だと感じました。
保育士をしていると、ママの気持ちを子ども自身が気付き、ママに遠慮している姿を見ることがあります。 すると、そのお子さんは、大人の顔色を窺ったり、少し大人びていたりと、”子どもらしさ” を感じにくい子だったりします。
子どもは無意識に遠慮してしまったり、そのお子さん自身も自分の気持ちを伝えるのが難しくなったりしているように思います。 そんなことを感じていくうちに、もっと深く、ママたち1人1人に寄り添い、ママの本当の気持ちに向き合いたいと思い始めました。
そんな時、いつも買い物に行くアロマショップでフラワーエッセンスに出会いました。 そして、私自身、アロマのレッスンで、アロマの先生に息子の話をし、その話を共感してもらうことで癒されていました。
レッスン中のトリートメントの練習では、実際身体を触ってもらって「あ~幸せ。ゆっくりできる。」と、気が付くと寝ていたりしましたが、そのおかげで心も身体も元気になっていきました。
そして、今までの色んな事ができていたことが出来なくなり、そこに私自身のストレスもあることに気付きました。 自分自身の「癒されたい」という気持ちが大きかったのも、きっかけの1つになりました。
そして、アロマを習っていた先生から「フラワーエッセンスというものがあるよ。ちょっと体験してみる?」と言われて、その時飲んでいたお茶に入れて飲んでみました。
その時選んだのが”チコリー”。私のその後のテーマになるエッセンスでした。 チコリーを入れてお茶を飲んでみると、味は変わらないのに、何とも言えない不思議な感覚になりました。
丁度その頃、息子と英語の勉強をしている時だったので、毎日イライラ怒っている自分がいました。 そして、息子に対して「ちゃんとしないといけない」「なんでコレがわからないの?」「何回言ったらわかるの?」など、自分の思いをぶつけて、息子を”私の理想の息子”にさせようと一生懸命になっていました。
そんな自分に「大丈夫?」「あなたのやっていることは本当に望んでしていることなの?」と話しかけてくれているような感覚でした。 偶然にも選んだレメディーの『チコリー』は、マイナスに働くと ”子どものことを強く思いすぎて、過干渉になってしまう。大人は子どものためを思って色々してしまう。そして、子どもは自分の思うように動いてほしい” そして、”見返りを求める”というレメディーだったのです。
私は「何でわかるの?なんで?」と強く思いました。そして息子のことを思い出し、「なんであんなに怒ってしまうんだろう」と考えるようになりました。 でも、いざ英語の勉強を始めると、「今日は冷静でいるぞ。そして、怒らないでいよう」と思っているのに怒ってしまう。
そんな自分が嫌で、「もっと息子と仲良くしたい」そして、「何か私自身が変われるものを見つけたい」という思いで、フラワーエッセンスを学び始めました。
フラワーエッセンスはその時の私のすさんだ心に「このままでいいのか?」と何かを投げかけてくれたように感じました。 そして、息子との関わりを助けてくれました。
初級講座が終わり、それまでに私に必要だと感じたレメディーは購入し、使っていましたが私はすぐにレメディー全てを一気に揃えました。
ある日、息子と英語の勉強をしており、またもや何も出来ない息子に激しく怒った時がありました。 その勉強を終えて、怒りすぎた自分を反省しました。
息子を「さっき私が怒りすぎて、息子の心にできた傷をフラワーエッセンスで癒してもらおう。」と思い、レメディーの入った箱を私が開け、中に入っているレメディーを息子に見せました。 そして、「この中でどの子(どのレメディー)が呼んでる?」と尋ねると、息子が「コレ」と選んだのは”ロックローズ”でした。(突然の恐怖やパニックの時に使われるレメディー) 私は思わず吹き出し、「あの時どうだったん?」と聞くと「めっちゃ怖かった」と言われ、猛省したことがありました。
きっと、私の顔が鬼の形相だったんだと思います。 そんな経緯もあり、フラワーエッセンスは私たち親子にとって、なくてはならない存在になりました。
フラワーエッセンスを学び始めてから、私と息子は毎日レメディーを飲むようになりました。 私は、穏やかに子育てがしたいのに、気付かないうちにイライラ怒ったり、すぐカッと怒ったりしていました。 そんな自分が嫌で、しばらくインパチェンス(すぐにカッと怒ったり、イライラしている)を飲んでいました。
それは半分お守りのような気持ちで飲んでいました。そして、飲んでいると、イライラが前ほどではなくなった感覚になってきました。 でも、本当の私はインパチェンスを飲むことがとても嫌で「本当の私はこんなんじゃない」「イライラするのは息子が悪いんだ」と息子のせいにして、そんな自分が受け入れられないでいました。
そんな時、セラピスト仲間と一緒に、フラワーエッセンスを伝えている先生の里山へ行き、植物観察をする機会がありました。 先生とセラピスト仲間と一緒に、先生のご自宅のお庭や、近くの里山に植物を探しにでかけました。
その時、チコリーも咲いていたのに、私が気になったのはインパチェンスの近縁種ツリフネソウでした。 植物観察をしていくうちに、私の中のインパチェンスに対する印象が変わってきました。 ツリフネソウの種がユラユラ揺れていたり、花たちがみんなで楽しそうにお喋りをしているようにみえ、インパチェンスがいとおしく、かわいく見え始めました。 そして、あんなに嫌だったインパチェンスを自然と受け入れることができました。
私は母に対して、何度も反抗していたのに、今度は私も母と同じように自分の思いや考え、「こうであるべき」「ちゃんと勉強をしないといけない」を気付かないうちに息子に対して押し付けていたのでした。
それと同時に、自分が息子に対してしていることが、母が私にしていたことと同じではないかと思うようになりました。 受ける側だったのが、今度は与えるほうになっていたことに気付いたのです。 それを母に話すと「全然違うわ」「お母さんはもっと一生懸命だったわ」と、言われましたが、私からすると同じに感じたのでした。
それからというもの、私は息子の気持ちも少しわかる、というか、受ける側の気持ちも考えるようになってきました。 今では私も息子に対して激しく怒ること減り、息子が”ロックローズ”を選ぶことはなくなりました。 息子が選ぶエッセンスを見て、その時の息子の気持ちに気付いたり、新たな発見をしたりするようになりました。
息子は小学校時代、担任の先生との相性が悪く、先生があまり好きではない時がありました。
その頃息子は、たまたま近くを走っていた私立中学のスクールバスを姑と見て、姑から息子は、「○○学校にいってほしい」と言われたようで、息子から、「○○学校って何?」と聞かれました。
私は、それまでの息子と学校の先生の相性が悪く、不満ばかり言っていたのを見ていました。(実際、制服がクラスの子からハサミで切られて帰ってきてこともあり、そのことについて、何も連絡がなかったりしたこともありました)
そして私は「あそこの学校の先生は、多分、小学校の先生とは違って良いと思うよ」と話しました。 実は、私は心の奥でずっと、息子にはその「私立中学に行ってほしい」と思っていました。 でも、今までの自分の生い立ちから、息子には「中学受験してほしいな」とは「言いたくない」とも思っていました。
それはなぜかというと、私自身が今までの人生で「あの時こっちに行ってたら、今とは違う人生になってたんだろうな」「こうなったのは、お母さんのせいだ」と思うことが何度もあったからです。
だから息子には、「そんなことは思ってほしくない」「自分の人生を生きてほしい」と思う気持ちが湧いてきました。 結局息子は、「一緒の中学に行きたくない子がいる」という理由で中学受験をして、あの時姑と見たスクールバスの中学校に行くことになりました。
息子は「受験勉強で一生分の勉強をしたわ」と言って中学に入ると、ほとんど勉強をしなくなり、部活に生きがいを感じて毎日学校に楽しく行くようになりました。 その為、学校の成績は下降し、地を這うような成績になってしまいました。
以前の私ならきっと、ムキになって怒り、息子に意地でも勉強をさせ、塾三昧にしていたと思います。 でも、今では自分の学びに一生懸命で、時々は「なんでできない?」「なんでしない」と思って「はあ~」と落ち込むこともありますが、「言っても、自分がやる気にならないとできないからな」と思うようになってきました。
そして、「何かきっかけがあればな」「息子のスイッチがどこかな?」と、思うだけになってきました。
それでも、根本はなかなか変わることが難しく、時々、息子に「こうした方が良いんじゃない?」と、話すこともあります。 言い方はソフトで押し付けてないように聞こえるかもしれませんが、聞く側(受ける側)からすると、押し付けに感じているかもしれません。 私からするとアドバイスでも、息子からすれば「大きなお世話」になっている気もします。
そして、話した後、自分の中で大反省。「言わない方が良かったよな」と。 そう気付けるようになり、息子の気持ちを尊重できるようになったのは、フラワーエッセンスに出会ったからだと思います。
そして今でも私自身、母との関係性を見つめることで、息子との関わりが変わっていくようにと、フラワーエッセンスの力を借りながら、成長の途中です。
これから私が進む道
今、私は、私自身に「あなたは何をしたいの?」と、問いかけながら自分自身の道を進もうと決めたばかりです。
普段の母との会話の中で、「アロマの仕事をこれからしようと思ってるんだ。」と話すとだいたい「そんなの無理に決まってる。あれは、余裕のある人がするものよ。あなたの所にはなかなか来ないわ」「保育士続けてた方が決まった収入もあるし、そっちの方が、お母さんは良いと思うわ」と言われます。
以前の私なら、初めは「そんなこと言っても、来る人がいるかもしれないよ」と言い返しながらも、心のどこかで「そうかもしれない。もし人が来なかったら収入がなくなる」と不安に駆られてしまい、お給料の良い保育園を探していたと思います。
そして、頭と心が迷走し始め、混乱していたと思います。と、同時に自分のことを認めてもらえなかった気持ちでいっぱいになり、悲しい気持ちや、寂しい気持ちでいっぱいになっていました。
でも、そんな時は「あなたは何がしたいの?」と問いかけるようにしました。
すると、「ママたちを癒したい。そして、それがアロマやフラワーエッセンスを使って出来たら最高」と心が教えてくれます。だから私は、その心の声を信じるようにしています。(信じれるようになってきました)少しづつですがレッスンを始め、ママたちとお喋りをしたりするようにもなりました。
そうしていくうちに、息子とも良い距離感になってきたように感じます。でも時々、息子のことで落ち込んだり、悩んだり、で、怒ってしまったりすることもあります。それに気づいたときは、自分に問いかけるようにしています。
すると、「あ~、なんで私自身のことじゃないのに、こんなに心が揺れるんだろう。息子自身のことなのに。」と思い始め、冷静になって話ができるようになってきました。
本当の自分の気持ち、自分の心に正直に生きることは初めてで、まだまだ戸惑うことがたくさんあります。失敗をしたら戻り、本当の私と会話しながら私の道を歩んでいこうと思っています。そう思えるようになってきたのも最近です。
それまでは、何かを始める時。誰かに自分の思いを伝えるのも怖くて、自分の本当の気持ちを言い出せないことも多々ありました。「嫌われるんじゃないか?」と怯えていました。(何でもないことや、仕事のことは言えることが多かったのですが。)”何でもできる自分”、というものを作り上げないと、”母から嫌われるんじゃないか?”と心のどこかで思っていたんだと思います。
そして、今までは、”失敗する自分”が許せないところもありました。きっと、プライドが高かったんだと思います。それをフラワーエッセンスの力を借りながら、少しずつ、自分の言えなかった気持ちを伝える練習をしていきました。
すると、意外と、「自分の気持ちを伝えても、人から嫌われることはないんだな。」ということに、気付いていきました。そして、自分の気持ちを伝えることが出来るようになったころから、失敗に対する不安が少しずつ和らいでいき、”失敗した自分””失敗すること”も許せるようになってきました。
そこには、母への感謝もあり、今まで保育士を続けてこれたことへの感謝もあります。そして、こんな思いや経験をさせてくれた息子にも感謝です。
今では、母とも良い距離感になってきました。時々、前に述べたように、会話の後、頭が混乱したりしますが、それでも気持ちはすぐに切り替えられるようにもなりました。母からの、「母が望む子どもの姿」に対しての執着、それによって、”本当の私”を気付かないうちに蓋をしてなくしたまま、それにも気付かず母の作ったレールの上を歩んでいました。
でもそんな私が、息子が産まれ、育てていくうちに、「本当にこれでいいのかな?」「息子の人生を私が生きているんじゃないのかな?」「私がやりたかったことを、息子にさせているんじゃない?」と気付き始めていきました。
そして、「私の気持ちは?」「本当は何をしたいの?」と、自分自身の気持ちを大切にすることで、息子に対して1歩引いて、客観的に見れるようになっていきました。すると、息子に対してだったのが、母や夫、他人にも優しく接することが出来るようになっていきました。”自分の気持ち”を大切にすることが、とても大事だということに気付くことが出来ました。
そんな経験をしてきたからこそ、ママたちのいろんな話を聞いて悩みに共感したり、一緒に悩みを解決できるよう応援することができます。
沢山のママたちが、アロマを使って過ごすひと時で、楽しくおしゃべりをしながら、非日常を味わい、リフレッシュでき、家に帰って家族とまた、気持ちよく過ごせるように。
そして、フラワーエッセンスで自分自身を癒し、家族との関係が良好になるお手伝いができたら嬉しいな。と思っています。
また、沢山のママがいて、沢山の子どもたちがいる。みんな違うから、面白い。1人1人の子どもたちが、その子らしく、楽しく成長できるように応援しています。
