魂の扉・12感覚 読書会 岡山県在住 Y.T様

この読書会に参加して驚きと気付きの多い1年間でした。

まず感覚が5感ではなく12感覚だと言う事。触覚から始まって今までの自分の考えてる当たり前や常識とは全く違う感覚世界で、壮大すぎて驚きが隠せなかった。

この物質世界にどっぷり浸りすぎていたのだなーと感じるのと同時に外から受けた影響がすごく大きく当たり前になって枯渇してたのだなー。気付く事ができました。

この1年間で、少しずつですが自分と向き合う事が出来、たくさんの気付きを得られました。これからも熱を持って継続して行きたいと思います。

月曜日の朝、週一回の時間みなさんとのシェアで勇気をもらい安心安全な場所、内定平静な時間を作って下さりとても感謝しております。土屋先生、皆様ありがとうございました。

魂の扉・12感覚 読書会 K.M様 岡山県在住

すごく良かった。同期のAさんから話し聞いていていいなって思ってて参加するともっともっとよかったです。

自身の変化はめちゃくちゃありました。 自分への気づき他人への気づきもたくさんありました。

特に今までは相手のことを理解してなかったなということで自分だけを見ていた感じがしていますが読書会で他人の事をすごく考えるようになりました。

後は子供との接し方。 何でどうしてって事をよく思っていましたがそれが何でこうなってるんだろうどうしたいんだろうとかもう一つその子の奥を知ろうとしています。

だからかわからないですがほんとにあまりかっーてならなくなってきているような気がしています。

後は12感覚の後半からでしたが感覚の素晴らしさどうしてそうなっていったのかのプロセスその奥を知る事で一つ一つに敬意を持っている感じがしています。

魂の扉・12感覚 読書会 F.M様 広島在住

12感覚の読書会を終えて。自分の中にある12の感覚と新しい眼差しで向き合いました。

読み始めの頃は理解することに一生懸命だったけれど、読み進めながら普段の日常生活の中のふとした時に思い出し、こういうことかと腑に落ちることがあったり、湧いてくる自分の感情を少し俯瞰して立ち止まって考えてみたりということがありました。

私がこの学びで1番助けられた時は、息子の大学受験の時でした。どうしても息子のためにと前のめりになりがちだった頃、生命感覚や運動感覚を学びながら、前のめりでもなく後ろのめりでもなく真ん中にいることを意識して自分の感情をコントロールすることが出来ました。

傍からは不本意に見えたかもしれない息子には息子の生命意図があって、それに導かれているんだと思えたことはとても心の支えになりました。

私達の肉体の土台となる触覚、生命感覚、運動感覚、平衡感覚は「自分」をしっかりと築き上げること、自分に不足している感覚に向き合って整えることを考えました。

魂の感覚の嗅覚、味覚、視覚、熱感覚では自分が心を開いて世界と関わっていく感覚、目覚めて行動していく中で自分の熱を温めることの重要性が心に残リました。

熱感覚は全ての感覚の根源的な感覚で自らを犠牲にすることで全ての感覚が生まれたというのは驚きと壮大さがありました。

霊的感覚の聴覚、言語感覚、思考感覚、自我感覚は、自分の培ってきた感覚を消し去ることで養われる感覚であること、物事や他者の背後にある理念にたどり着くには自分の自我を消し去ること、人間の感覚への畏敬の念を感じてまだまだ到達するのは難しいなと思いましたが、、まずは自分の自我を育てなければと振り返りました。

読書会のなかで、本の内容だけでなく共感でもなく反感でもなく中庸であること、自分の得た知識を肉体や体験を通して温めて自分の熱に変えていくこと、など私の中でとても響いてくる(のしかかってくる?)先生のお話しや名言を聞くのも読書会の醍醐味のひとつでした。

時々読み返して、12感覚で学んだ眼差しで日常生活での出来事や人との関わり方を観ていこうと思います。自分の熱として温め続けていきたいです。ありがとうございました。

魂の扉・12感覚 読書会 栃木県在住 F.M様

魂の扉・12感覚 感想 普通私達が知っている感覚は五感でしかありません。そこで12感覚とは何なんだろう?と興味を持ちこの読書会に参加しました。

実際読んでみると今まで聞いたこともない感覚やその概念に驚きの連続でした。

しかし、一つ一つそれらの感覚をグループの皆さんと感想を言い合い、よく分からない所は先生に補足していただきながら、その感覚を意識して生活を送っていくと自分と他人との関係、動物と人間との違い、物質的日常思考と霊的な高次の思考、等々を通してたくさんの気づきを得ることで、自分自身への理解も深まりました。

情報やエンターテイメントが溢れ返っている現代では周りに振り回されずに生きる事が難しいです。
そんな中、自分を見失わず、自分の軸を持って生きるには、自分の感覚を信じる事でしかないのではないかと改めて感じました。

本書にあった「感覚は真の導師でありうる」の言葉を胸に心の静けさを保ちながら感覚を磨いていきたいです。

最後に、この本は難しかったので読書会に参加出来て本当によかったです。講座の中で先生の体験を交えたお話を聞けたことも本当に為になりました。先生はじめ参加した皆さんに心から感謝しています。ありがとうございました。

魂の扉・12感覚 読書会 岡山県在住 O.S様

全回アーカイブでの参加をさせていただきました。 初めは、毎週の読書会を視聴することの習慣がなかったので、習慣づけるのが大変でした。 特にアーカイブだったので。

少しずつ、視聴する時間を見つけ、それが続いていく中で「今週も視聴出来た」の喜びになっていきました。 そして、視聴することで、私自身の心がスッキリすることに気付いていきました。

視聴しながら、皆さんの話す内容に頷き、笑い、1人で喋ったりして参加させていただきました。

自分の内なる声を聞こうと意識したり、何事にもおいても「ジャッジしない」を心がけるようになりました。

そうしていく内に、今の仕事に限界を感じて退職する運びになったり、やりたい事が出来る環境に少しずつ向いてきました。

自然の叡智につながる植物観察講座 K.K様 広島在住

植物観察講座を受講するかどうかはとても悩みました。しかし、里山薬草学を受講した時に、先生の説明の中に少しだけ出てきた「植物と星の関係」や「三分節」の話が強く印象に残っており、先生の話されていることをもっと理解したい、知らない世界を体験したいと思い受講を決断しました。

講座が始まってからは、今までとは違う植物との接し方に興味深さを感じ、また、植物の事だけでなくこの世界全体そして自分自身についても考え、植物観察を通して全てがつながっていくことに驚きました。

植物観察に楽しさを感じる反面、観察したことや感じたことを言葉にすることは私にはとても難しく、最後のレポート提出までやり遂げることが出来るのか不安な気持ちになることもありました。しかし、「ゲーテ・シュタイナー的植物観察」のステップを信じて「観察」「スケッチ」「思考」などを続けるうちに、先生が講座で話されることに対しての理解に少しずつ近づくことができました。

講座を受講し始めてから2ヶ月後辺りから、自分のこれまでの人生を振り返る出来事が立て続けに起こりました。たくさんの友人知人と会い、自分の過去と何度も向き合うこととなりました。そして、講座の中でも自分の幼少期の記憶とつながるお話があり、震える様な衝撃を受けました。これらの出来事が自己の認識につながり、自分の本質を感じることが出来ました。

講座を受ける前と今とでは、自分の中にどっしりとした太い芯が出来た感覚があります。以前は周囲のちょっとした出来事にグラグラと心が揺れることが多かったのですが、今は何か落ち着いた感覚なのです。

植物観察をすることが、自分の本質を知ること、自分の課題を克服することにつながる、そのことを体感することが出来ました。

植物観察で学んだこと、感じたことはまだまだ沢山あります。
これからの日々の生活の中に、そのことの理解が深まる瞬間や、考えと一致する場面があるのだと思います。

植物の本質的な力、人間の在り方を知ることの出来るこの講座に巡り会い、受講できたことに感謝しています。

自然の叡智につながる植物観察講座 F.M様 栃木県在住

自分の好きな植物を1年間かけてじっくり観察するという経験は私の中でかけがえのないものとなりました。それは植物を通して自分自身と向き合う行為でもありました。

一つの植物をつぶさに観察していると発見や驚きの連続で、今までとは全く違った認識を持つことができ、その植物がただの植物ではなく、もはや私にとって大切な友達のような、様々な気づきを与えてくれる教師のような存在となっていきました。そのように思えたのも、ゲーテシュタイナー的植物観察による観察手法を順を追って学ぶことで到達できた気がします。

体験(植物観察)して、思考する、というこの両方の行為を行うことで植物が自分の中に深く浸透し、植物から多くの気づきとメッセージを受け取ることが出来ました。一緒に参加した他の方々のレポートを聞いていても、皆さん同様に素晴らしい気づきを得ていて、その発表を聞けたこともとても楽しく、他の植物たちにもさらに興味が湧いて、改めて植物の豊かさ、おおらかさ、美しさなど興味がつきませんでした。ほんとう貴重な経験となりましたありがとうございました。

植物観察をすることは目の浄化になる。と以前いづみ先生から伺ったことを思い出しますが、 植物は実に多様で、そしてそれぞれに役割を持って存在しているということを実感すると、批判やジャッジという自分の色眼鏡がどれほど浅はかなものかという事に気付かされます。

その体験があるので、日常生活でついそのように感じるようなことがあってもそんな自分の色眼鏡に気づき、違う見方が出来るようになり、そうやって観察するように自分や他人を見ていくとその違いこそが面白いと思えるようになったような気がします。

これまでもそう言った事は頭では理解していましたが、今のように心から思う事は難しかったように思います。

また、植物を通じて、季節を肌で感じることが習慣になりました。すると自分の中に空間が生まれていく感じがしてそのことがとても心地よいです。

自然の叡智につながる植物観察講座 H.N様 鹿児島在住

「魂に浸透させていく学びに」 と、はじめにいづみ先生が仰ったとおり、植物観察を通して自分の内面と向き合う時間でもありました。

講座受講のきっかけは、人や物や出来事など様々な現れを自分の観念を入れずに、ありのままにそのままに観る目を養いたいと思っていたからです。

講座で学んだ植物観察の4つのステップは、「ありのままに観ること」にとどまらず、更に深いところで感じていき、魂を通わし問いを持つことで、本当の叡智に出会う事ができるプロセスなのだろうと感じました。

今回は、そこまでの時間をかけられなかったのですが、自分を知る事に繋がったように思います。

自然界に目を向けて過ごしていると思っていましたが、何も知らない、だから知りたいと思います。

この講座を通して変わった事は、 身近な植物への関心です。 植物ってすごい! 植物への眼差しが変わりました。 また、そのまわりに働きかけている力も存在するという事を感じる事で、 宇宙のリズムの中ですべてが生きているのだなぁと実感しながら日々暮らしています。

グループの他の方からの学びも大きかったと思います。 この講座で受け取ったものを自分の中に浸透させて、次へと繋げていきたいと思っています。 いづみ先生と出逢えた事に感謝します。 これからも、よろしくお願いします。

自然の叡智につながる植物観察講座 N.E様 栃木県在住

皆さんそれぞれの植物を観察されたことで、自分が選んだ植物との違いが浮かび上がりました。

それぞれの方を通した観察が、とても学びになりましたし、植物とその方の本質がリンクして伝わってきて、知識だけではなくエッセンス、栄養を頂いたような気持ちでした。

ライ麦と向き合う時間は、これまでの人生とのリンクも感じて、不思議な気持ちになりました。今年も種をまきましたが、シチリアで出会ったデーメーテールが、ほほ笑んでくれているような嬉しい気持ちになりましたし、私はちょっと気が強い?ので、そういうところも、何か肯定してくれているような(ゼウスに抗議するデーメーテール、踏まれても強い麦)気がしました。

この講座の中で沢山のことを学び、たくさんの気づきがあったので、書ききれないのですが、植物と私が直接交流できる方法を教えて頂いたことは大きなことでした。まだまだ片言の言語ですが、さらに学んでいきたいです。

また、太陽と地球の呼吸のことも、とても腑に落ちました。麦が冬を生きていること、吸い込んだ太陽エネルギーを内に秘めているのではないかと考えました。 来春は、稲を育てて比べてみたいです。

稲は夏に育つから、どんな様子を示してくれているのかな?稲わら細工と麦藁細工の違いは?想像としては、ひねりと直線なのですが… 引き続き、宜しくお願い致します。

受講前はまだまだ麦と友達にはなれていなかったのですが、この1年で仲良くなった気がします。開花の秘密を教えてもらったり、光を受け入れている様子を写真に撮れたり。

デーメーテールとシチリアの思い出が繋がったり、真っ直ぐ立つ姿をスケッチ出来たり。沢山の思い出が出来ました!

昨日も新たに気づきがあって、ずっと朝露だと思っていた葉の先端のしずくは、麦が分泌した余分な水分でした。
まだまだ何年も新たな発見がありそうです。

今は、教えて頂いた言語(ゲーテシュタイナー的観察)を使って、たどたどしくとも他の植物とも会話をしてみたいなと思います。自然界の入り口に立たせてもらった気分です。

自然の叡智につながる植物観察講座 I.F様 千葉県在住

私は確かに植物の中にいて 植物と戯れていました。 私は植物が大好きですし、 何も理解していなくても植物はそんな私を許して、温かく包み込んでくれていたのです。

植物は「こんな感じがする」「きっとこう言ってる」と受け止めていましたが、的を得ている時、勝手な思い込みの時がある事に気づきました。

植物を詳細まで観察することで、そこに表現されているものを知ることで、「思ってたのと違う」「もっと深い意味があったのか」と手探りで見つけていく事が出来るのだと、思い込みではない、確実な植物の言葉に近づけて行けるんだと感じました。

物事をふわふわっと曖昧に受け取るのではなくて、しっかり考えて、疑問を認識して、自分はどう捉えどう考えるのかと言葉にしていくようになってきました。想いを人に伝えようと思ったとき、曖昧なままではなかなか伝わりません。伝わる言葉にしていく学びになったと思います。まだまだ途中ですが。

今までの感覚的な表現も良い時はありますが、一旦止めて、新しい表現の仕方に変化していく途中のようなところにいます。蛹かな?

また、植物に限らず、物事の表面だけを見て勝手な想像的解釈をしてしまうのではなく、その奥にどんな想いや考え、現象があるのかを見ていくようになってきました。

そして、今までは、慌てて一つのことをさっさと終わらせなくては、と焦っていましたが、少しずつ1歩1歩進んでいく、にシフトしてきているように思います。

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