medicine(薬)の意味と、植物の本質的な力

ブッダの弟子で主治医でもあった医聖ジーヴァカは、アーユルヴェーダの第一人者として知られている人物ですが、ジーヴァカが医師になる時の有名な逸話があります。

ジーヴァカの先生はある場所に彼を連れていき「この土地で薬にならない草木を持ってきなさい。」と伝えました。

ジーヴァカは、その土地の草木を一本一本丁寧に調べつくしましたが、薬にならない草木はどうしてもみつかりません。先生のもとに戻り「薬にならない草木はひとつもありませんでした。」と報告しました。

それを聞き、先生は「よろしい。もうお前に教えることはもうない。」と伝え、ジーヴァカは医師になったと言われています。

これは、私がアーユルヴェーダを勉強しているときに聞いた話。

仏教の教えの中にたとえで出てくる話でもありますが、この世に無意味なものはない。すべての人に価値があるというような例え話につながります。

私たちは、これが薬草であるとか、これが雑草であるとか、植物を人間の価値観でわけて捉えています。薬草は役に立つもの、雑草は役に立たないものと思っています。

最近は、雑草にも様々な薬効を持っていることが注目され、食べられる草、食べられない草などに興味を持つ方も多いです。

確かに、目の前にあるこれまで不要だと思っていた雑草に薬効があったり、食べることができるとわかると雑草を見る目が変わりますね。

薬はその医者の中で花開く

ヤドリギ

中世の大錬金術師であり、医者でもあったパラケルススは「薬はその医者の中で花開く」と言いました。

私たちは、メディカルアロマやメディカルハーブなどの植物療法を学ぶ際、成分や効能を重視し、直線的な捉え方で選択することが多いです。例えば、不眠といえばラベンダーというような。

フラワーエッセンスの選択に関しても同じです。ショック・トラウマといえばスターオブベツレヘムなど。

この方法は、物質的な視点から人や症状を捉える西洋医学の対症療法的なアプローチと変わりありません。

もちろん、そのような使い方で効果が期待できることも多くありますし、たちまち何らかの症状を緩和させるのに、その植物の物質的な成分が必要な場合、そのような使い方が役に立ちます。

ただ、それだけで、私たちのすべてを満たすことはできず、植物の恩恵を十分理解し、使いこなしているとはいえません。

使い手が、精油やドライハーブ、フラワーエッセンスを「物」として扱っている限り、最大限にその力を発揮させることができないのです。

植物の力は、その薬効成分にとどまることはなく、それ以上のものです。私たち人間も、ただの臓器が集まり、機能を果たしている肉体のみの存在ではなく、それ以上のものを含む存在です。

パラケルススは、薬の使い手がどのように目の前の薬や人を「認識している」かが、その薬の効能に関係すると言っているのではないでしょうか。

錬金術とは、何か物理的に卑金属から金を作る方法ではなく、私たちの魂を金へ導く方法を象徴的に示していると考えられます。

私たちは、肉体だけの存在でも、直線的な二次元の存在でもなく、三次元の存在でもなく、魂をもち、魂を成長させていく存在です。

錬金術師と言われる方々は、植物や鉱物、生物、自然界のあらゆる恩恵を私たちの魂を変容させる媒体になりえると考えていたのではないでしょうか?

精油の蒸留も、フラワーエッセンスの製造方法も錬金術。私たちが、植物の恩恵を物質的なものと認識していれば、それまでのこと。

植物の真髄(エッセンス)を生きたものとして、魂を金に変える「万能薬」として扱えば、本当の健康へ導くものと捉えることができるかもしれません。

共鳴作用

ホソバナコバイモ

私はよく自然豊かな北広島に出かけ、植物散策をしたり、珍しい薬草を探し歩いています。

時々植物に呼ばれているのかもしれないと感じることがあります。人の会話の中でよくその植物が出てきて気になっていると、その植物を実際に見つけることができたり、この場所に絶対あの植物がいるに違いないと直感的に感じ、探すとすぐそばに見つけることができたり。

偶然といえば偶然なのですが、なんだか不思議な感覚になります。植物と響き合うものがあるように感じます。

フラワーエッセンス療法の原理は共鳴です。

共鳴とは同じ固有の振動数を持つ音叉を二つ用意して片方を鳴らすと、もう片方も鳴る現象です。違う振動数を持つ音叉同志は片方を鳴らしても片方がなることはありません。

植物たちも共鳴する惑星のエネルギーを受け取り、それらが姿・形・色・薬効などに表現されています。それは私たちも同じです。

どんな植物が自分と共鳴しているのか、植物と自分自身が響き合う感覚(直感)を大切にしてください。

それが、目の前の植物やその恩恵を物質的な視点でのみ捉えることから、それ以上の存在として捉える力につながります。

先に述べた四大元素と植物観察会では、植物とじっくり対話するように観察していきます。最終的には、何かその植物から感じる自分への必要なメッセージを持ち帰っていただいていますが、それはきっと、何かその植物と私たちの魂の間に共鳴がおきた結果、もたらされるものでしょう。

私自身はそれが、本当の「medicine(薬)」になりえると考えています。

なので、薬効がある、薬効がない、食べられる、食べられない、薬草か雑草か、薬と毒は表裏一体、そんなことを超えてすべての植物、鉱物、生き物も含めて、あらゆる生命はmedicineであると考えています。

ただ、そんなことに気づくのに、一番良い方法が身近にある「植物」を観察することだと感じています。植物を観察する行為を通じて、私たちは自然界を知り、自分を知ることができます。

ゲーテ・シュタイナー的植物観察

薬草学者であり、占星術師であったニコラス・カルペパーは、天体、植物、人間の関係性を結び付け考え、植物療法(治療)を行いました。

今の医学の概念とはかけ離れていますが、本質的な医学とは天体、植物、人間を総合的にみて、治療をするものなのかもしれません。

植物の観察をすると、植物の背景にある力、どの惑星の影響を受けているのかなども感じることができます。

植物の観察を行うこと、それはマクロ宇宙とミクロ宇宙を知ることにもつながりそうです。四大元素と植物観察のレッスンでは、植物の背景にある力を受け取り、自身がそれを媒介として、主体的にホリスティックに自然と調和し生きていくことを目指します。

土屋いづみ

植物療法家
植物の色、形、姿、支配星から、植物の本質的な力を観る探究をしています。四大元素と植物観察、里山薬草学、植物形態学、アロマ、ハーブ、フラワーエッセンスをお伝えしています。元理学療法士。地域の中核病院にて「緑のセルフケアルーム(植物療法のヘルスケア)」、整形外科クリニックにてアロマの施術もしています。
日々のレッスンの様子は、インスタとFacebookをチェックくださいね。

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