(里山に住み始めもうすぐ10年。改めて、地球のお庭や里山での暮らしについてその10年を振り返り、自然から得た知恵について綴っております。第1回は地球のお庭のはじまり、こちらのブログは第2回葛藤を調和に導く香りの続きです)
香りを嗅ぐと一瞬で、気分が変わりますね。香りの信号は0.2秒で脳に伝わるといわれています。
例えば触覚では反応があってから脳で処理するまでに1秒程度かかるそうですから、反応が早いというのは嗅覚の特徴です。
それから、神経というのは、一度損傷されると再生しないと言われていますが、香り成分をキャッチする嗅細胞は生まれ変わりますし、嗅覚の伝達経路である海馬の一部(歯状回)は、成人であっても生涯を通じて新しく神経細胞が生まれる場所とわかっています。
嗅覚は特別なことがたくさんです。それはなぜでしょうか?
香りの脳への伝わり方
まずは、香りがどのように脳に伝わるかについてお話します。
香り成分は、揮発性の分子であり、これが空気中に拡散されると、鼻腔の嗅上皮という特別な粘膜に覆われた場所に存在する嗅細胞という神経細胞に受け取られます。
嗅細胞からの情報は、12対の脳神経の1番目、嗅神経を通じて、大脳辺縁系(本能の座)に送られます。
大脳辺縁系というのは、古い脳とも言われ、扁桃体・海馬・帯状回からなり、私たちの本能的な情動、快・不快という感情や本能的な恐怖を感じる場所です。
大脳辺縁系の情報はさらに視床下部(生命中枢)に伝わり、自律神経系、内分泌系、免疫系へ作用します。
一方では新しい脳といわれる、大脳新皮質(知能の座)の嗅覚野へも情報は伝わり、何の香りであるか、過去の記憶と照らし合わせ認識されます。
自分の好きな香りを嗅いで気分がリラックスするというのは、ただ気分の問題ではなく、大脳辺縁系という私たちの本能的な感情を司る場所から視床下部へ刺激が伝えられ、自律神経やホルモンに影響を与えているからです。
香りがストレスケアに有用な理由
ストレスを感じているとき、大脳辺縁系の扁桃体が「不快」を感じています。
ストレスというのは、いわば目の前に敵がいるのと同じ状況で、本能的な恐怖を感じています。その情報が視床下部に伝わります。
視床下部は、神経系や内分泌系を介して、戦うか逃げるかの反応を体に作り出します。
これは生き延びるために必要な反応ですが、長く緊張状態が続いたり、さらなるストレスが起こると、心身が疲労し、耐えきれなくなったり、自律神経系や内分泌系、免疫系のバランスが崩れていきます。
そこで好きな香りを嗅ぐと、大脳辺縁系が「快」を感じます。そうするとその信号が視床下部に伝わり、神経系、内分泌系、免疫系に作用し、バランスを取り、ホメオスターシスを維持することができます。簡単に言えば、崩れたバランスを戻し、健康な状態に回復されます。
香りが伝わる経路と、ストレスを感じて体に不調を生じる経路は一緒なので、香りでストレスをケアするというのは理にかなった方法です。
特別な感覚「嗅覚」
嗅覚というのは特別な感覚で、五感(味わう・触れる・聴く・視る・嗅ぐ)の中で唯一、嗅覚のみが、大脳辺縁系(本能の座)にダイレクトに情報を伝えます。
他の五感というのは、最初に大脳新皮質(知能の座)に信号が伝わって、それから大脳辺縁系に信号が届きます。
大脳辺縁系というのは、私たちの本能的な感情を司りますから、嗅覚というのは、他の五感に比べて、本能や感情を揺さぶる力が強く、かつ体への反応も早いのが嗅覚の特徴です。
冒頭に述べた、なぜ嗅覚の伝わる速度が速いのか?なぜ嗅覚が伝わる経路の神経は再生するのか?についてですが、それは嗅覚が生き延び、命を守るのになくてはならない感覚だからだと考えられます。
例えば原始時代を想像してみると、安全か危険かすばやくキャッチし、すばやく体の反応を起こし、戦うか逃げるかの行動を取らなければなりません。
動物においては、嗅覚を使って、食べ物や生殖相手を探したり、いち早く敵に気づくことができます。ネズミに天敵のキツネの香りを嗅がせると、嗅ぐと同時に体が反応し、反射的に逃避の行動をとります。
動物にとって嗅覚は命を守るのに最も重要と考えられます。
私たちも、例えば消費期限のすぎた食べ物を食べたり、見たこともない食べ物にであったりすると、本能的にくんくんと香りを嗅ぎ安全性を確かめますよね。
ただ、現代の生活は、森の中で実際に命を脅かす敵に遭遇するのではなく、敵がストレスに置き換わっています。
また、視覚からの情報にあふれ、人工香料にまみれ、嗅覚を使う頻度も低くなっています。
現代人は本物か偽物かを嗅ぎ分ける力も直観力も落ちています。
嗅覚は、何が本物で安全か、何が今の自分にとって必要なものなのか、それを嗅ぎ分け、本当の自分を思い出すのに役立つもの、そして生きる力を高めるのに必要な感覚と言えます。
私は里山暮らしをするようになって、山に珍しい薬草を見つけによく入るのですが、薬草散策で直感が鍛えられたと感じています。
山の中の環境や雰囲気を感じ、ここにあの薬草があるに違いないと思うとその薬草がすぐそばにあったり、天気などの変化もなんとなくわかるようになりました。
鼻が効くという言葉がありますが、嗅覚を刺激していくと、まさにそんな感覚も鍛えられると感じています。
記憶と嗅覚
香りは大脳辺縁系にダイレクトに情報を伝えるとお話しましたが、大脳辺縁系とは、扁桃体、海馬、帯状回からなります。
快・不快を感じる部位は扁桃体ですが、海馬は記憶を司りますので、香りは記憶と密接につながっているといえます。
フランスの文豪マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」のワンシーンの中に、主人公が紅茶にマドレーヌを浸してその香りを嗅いだ瞬間、幼少期がフラッシュバックするという描写があります。
特定の香りが、それに結びつく記憶や感情を呼び起こす現象は、その小説の作者の名前から「プルースト効果」と名づけられています。
何かの香りを嗅ぐことによって、忘れていた記憶がフラッシュバックする経験をされたことはないでしょうか?
例えば、香水の香りを嗅いで、ふとその香水をつけていた友人を思い出すとか。
私は、香りによって、顕在意識では忘れていたような、古い古い記憶、胎児のころの記憶につながった経験があります。
香りと過去の記憶
ある日、何気なくベルガモットの香りを嗅ぎました。
不思議と香りが優しくそばにいるように感じて、ゆっくりと嗅いでいました。
そうすると、自然と涙が出てきました。
悲しいような、でも、涙がこぼれるほど、すっきりするような、そんな不思議な感覚です。
これまで自分自身の心が欲しているものを、ずっと探求してきたように感じました。自分は愛されていないし、自分には愛がない、そんな深い枯渇感をもっているのだと気づきました。
その感情をそのまま受け取っていると、胎児のころの記憶に結びつきました。母は、私を若くして身籠り、私を産もうかどうしようか悩んでいました。
なぜか、そんな母の感情を私自身がなんとなく思い出したのです。
その浮かんでくる感情をただありのまま感じながら、たくさん涙を流しました。
自分の感情をありのまま許しました。許しきった時、変わったというか、思考回路がいつもと違い、クリアーになって生まれ変わった感覚でした。
実は、愛がいつでもただあったのだと、その時香りを通じて、「観えた」のでした。
香りが、感情の記憶へダイレクトに働きかけ、私自身の大切な「思い出すべきこと」につなげてくれた体験でした。香りが「魂」を揺さぶるということを知った瞬間です。